竹林のおくに斑雪の銀閣寺庭しづやかに山にむかへる
林泉のうへに高くは植ゑぬ古赤松の雪をこぼすが池におもしろ
庭池の飛び飛び岩に雪のおけ半ばとけしは濡れのよろしさ
山ぎはの夕寒庭にのこりしか逃げたつ鳥のおとの大きさ
佛堂の香ながれ出るしづけさや雪凍てむとす林泉のゆふぐれ
夜の庭の木の葉にかたく降るあめの氷雨にならぬほどの暖さや
おぼめきて月ある夜はうらの山の下びにともし川瀬のひかり
春さむき入江にあそび白魚の生きてわかきを酢につけて食ふ
雪のこる春にぞなれる山笹に鳴くうぐひすの短かけれども
ひと冬ををはる深山に飲むみづの岩をつたふが朽葉のにほひす
田植すぎて山河のうち静もれか山のふくろの昼も里にいづ
梅雨のふる田の電柱にふくろ来ていち日わびし山へかへらず
盂蘭盆にして燈籠の灯をみなもてり古きあたらしき吾が家の墓
稲田やや穂孕むがうへに赤あきつ翅きらめき生れてぞとぶ
宿駅路にひくく群れとび往来へる盂蘭盆の蜻蛉の手に捕りやすし
なにごとも有難がりて聞きたまふ九十過ぎたる御顔に罪なし
享くる齢のめぐみの過ぎて痴けたる嫗たりぬと笑まひ言らす
老の眼のめでたき人か部屋にゐて遠山にゐるものを見給ふ
今のこといま忘らすれ曾孫らに可笑がられて耳貸したまふ
百歳はながからぬよと笑ひごとたやすく言れどかしこく聞ゆ
畦豆のあを葉縁取りおもしろく川辺の棚田はや熟れそめぬ
秋雨のしげき今年は熟れのこる晩稲のうへに雪ふりにけり
北山に檜苗植えさせゐる人に今朝の霙の降りか濡らさむ
冬庭に山小鳥下りガラス戸へおのれ写りて啼くがさみしき
八千とせの森にしげれと雲のゐる女亀の山に檜を植えまつる