和歌と俳句

藤原定家

初学百首

>堀河院百首

いかにせむ袖のしがらみかけそむる心のうちを知る人ぞなき

これやさは空にみつなる恋ならむ思ひ立つよりくゆる煙よ

袖の上はひだりもみぎも朽ちはてて恋はしのばむ方なかりけり

もろこしの吉野の山の夢にだにまだ見ぬ恋にまどひぬるかな

いかにしていかに知らせむともかくもいはばなべての言の葉ぞかし

日にそへて益田の池のつつみかねいひ出づとても濡るる袖かな

夢の中にそれとてみえし面影をこの世にいかで思ひあはせむ

須磨の浦のあまりに燃ゆる思ひかな鹽やくけぶり人はなびかで

梓弓まゆみつきゆみつきもせず思ひ入れどもなびく世もなし

ちづかまで立つる錦木いたづらにあはで朽ちなむ身こそ惜しけれ

はかなくて過ぐるこの世と思ひしは頼めぬ程の日數なりけり

小夜衣わかるる袖にとどめおきて心ぞはてはうらやまれぬる

君がため命をさへも惜しまずば更につらさを歎かざらまし

結びけむ昔ぞつらき下紐の一夜とけける中の契りを

憂しとても誰にかとはむつれなくて変はる心をさらばをしへよ

つらきさへ君がためにぞ歎かるるむくいにかかる恋もこそすれ

もろともにゐなのささはら道たえてただ吹く風の音にきけとや

思ひ出でよ末の松山すゑまでも波越さじとは契らざりきや

恋ひ渡るさのの船橋かげ絶えて人やりならぬねをのみぞなく

いかにせむうきにつけても辛きにも思ひやむべき心地こそせね