和歌と俳句

藤原定家

伊勢の勅使の御供に鈴鹿の関こえしに 山中の桜さかりなりし下にて
えぞ過ぎぬこれや鈴鹿の関ならむふりすてがたき花の陰かな

宇治御幸に 秋旅
わがいほは峰の笹原しかぞかる月には馴るな秋の夕露

建久七年内大臣殿にて
たにの水峰たつ雲を越え暮れてまくらゆふべの松の秋風

ひかずゆく山と海とのながめにて春より秋にかはる月影

のきに生ふる草の名かけしやどの月あれゆく風や形見そふらん

みやことて雲のたちゐにしのべども山の幾重をへだてきぬらん

ちぎりきなこれをなごりの月の頃なぐさむ夢も絶えて見じとは

松尾歌合
身に負ひて住むべき山の夕ぐれをならはぬ旅と何いそぐらん

内裏歌合
鐘のおとを松に吹きしくおひ風につま木やおもき帰る山人

打ちはらひ笹わくる野辺のかずかずに露あらはるるありあけの月

内より召されし歌
そこはかと見えぬ山路にこととへど今宵もうとし白雲のやど

梶枕たれとみやこをしのばまし契りし月の袖に見えずは

水無瀬殿の山のうへの御所つくられてのち参りて 池など見めぐりてまかり出づとて
おもかげに藻塩の煙たちそひてゆく方つらき夕霞かな

見ても飽かぬ春の山辺をふりすてて花のみやこぞ旅ここちする

思ひやる月こそ水にやどるらめ枕むすばぬ帰るさの道

正治元年冬左大臣家十首歌合
いづこにかこよひはやどをかり衣ひもゆふぐれの峰のあらしに(新古今集

正治二年二月左大臣家歌合
忘れなんまつとな告げそなかなかにいなばの山の峰の秋風(新古今集

建仁元年十二月八幡歌合
ふるさとにさらば吹きこせ峰のあらしかりねの山の夢はさめぬと

うちも寝ず嵐のうへの旅枕みやこの夢にわくる心は

斧のおとを立てし誓ひもいさぎよく雪にさえたる杉の下陰

建仁二年三月六首
袖に吹けさぞな旅寝の夢も見じ思ふ方よりかよふ浦風(新古今集

建仁三年秋和歌所歌合
たちまよふ雲のはたての空どとにけぶりをやどのしるべにぞ訪ふ

つれづれとまつにくだくる山風も里から人の心をや知る

建永元年秋和歌所
跡絶えて訪はれぬ山をたがみそぎゆふべの空になびく白雲

建暦三年八月内裏歌合
やどれ月衣手おもし旅枕たつや後瀬の山のしづくに

朝ぼらけいざよふ波も霧こめて里とひかぬる槙の島人

建保右大臣家歌合
なれぬ夜の旅寝なやます松風にこの里人や夢むすぶらん

摂政殿詩歌合
秋の日のうすき衣に風たちてゆく人待たぬをちの白雲

かりいほやなびく穂向けのかたよりに恋しき方の秋風ぞ吹く