万葉集防人歌

水鳥の立ちの急ぎに父母に物言ず来にて今ぞ悔しき 上丁有度部牛麻呂

畳薦牟良自が磯の離磯の母を離れて行くが悲しさ 助丁生部道麻呂

国廻るあとりかまけり行き廻り帰り来までに斎ひて待たね 刑部虫麻呂

父母え斎ひて待たね筑紫なる水漬く白玉取りて来までに 川原虫麻呂

橘の美袁世利の里に父を置きて道の長道は行きかてぬかも 丈部足麻呂

真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず 坂田部首麻呂

我ろ旅は旅と思ほど家にして子持ち痩すらむ我が妻愛しも 玉作部広目

忘らむて野行き山行き我れ来れど我が父母は忘れせのかも 商長首麻呂

我妹子と二人我が見しうち寄する駿河の嶺らは恋しくめあるか 春日部麻呂

父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる 丈部稲麻呂

天平勝宝七歳二月九日  上総国防人部領使少目従七位下茨田連沙弥麻呂進歌

家にして恋ひつつあらずは汝が佩ける大刀になりても斎ひてしかも 三中が父

たらちねの母を別れてまこと我れ旅の仮廬に安く寝むかも 日下部使主三中

百隈の道は来にしをまたさらに八十島過ぎて別れか行かむ 刑部直三野

縄中の阿須波の神に小柴さし我れは斎はむ帰り来までに 若麻続部諸人

旅衣八重着重ねて寐のれどもなほ肌寒し妹にしあらねば 玉作部国忍

道の辺の茨のうれに延ほ豆のからまる君をはかれか行かむ 丈部鳥

家風は日に日に吹けど我妹子が家言持ぢて来る人もなし 丸子連大歳

たちこもの立ちの騒ぎに相見てし妹が心は忘れせぬかも 丈部与呂麻呂

よそにのみ見てや渡らも難波潟雲居に見ゆる鳥ならなくに 丈部山代

我が母の袖もち撫でて我がからに泣きし心を忘らえぬかも 物部乎刀良

葦垣の隈処に立ちて我妹子が袖もしほほに泣きしぞ思ほゆ 刑部直千国

大君の命畏み出で来れば我の取り付きて言ひし子なはも 物部竜

筑紫辺に舳向かる船のいつしかも仕へまつりて国ひ舳向かも 若麻続部羊