和歌と俳句

万葉集防人歌

天平勝宝七歳二月十六日 下総国防人部領使少目従七位下県犬養宿禰浄化人

暁のかはたれ時に島蔭を漕ぎ去し舟のたづき知らずも 助丁海上郡海上国造他田日奉直得大理

行こ先に波なとゑらひ後方には子をと妻をと置きてとも来ぬ 葛飾郡私部石島

我が門の五本柳いつもいつも母が恋すす業りましつしも 結城郡矢作部真長

千葉の野の子手柏のほほまれどあやに愛しみ置きて誰が来ぬ 千葉郡大田部足人

旅とへど真旅になりぬ家の妹が着せし衣に垢付きにかり 占部虫麻呂

潮舟の舳越そ白波にはしくも負ふせたまほか思はへなくに 印波郡丈部直大麻呂

群玉の枢にくぎさし堅めとし妹が心は動くなめかも 猿島郡刑部志加麻呂

国々の社の神に幣奉り贖祈すなむ妹が愛しさ 結城郡忍海部五百麻呂

天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言とはむ 埴生郡大伴部麻与佐

大君の命にされば父母を斎瓮と置きて参ゐ出来にしを 結城郡雀部広島

大君の命畏み弓の共さ寝かわたらむ長けこの夜を 相馬郡大伴部子羊

天平勝宝七歳二月二十二日 信濃国防人部領使 道に上り病を得て来ず
進歌数十二首但し拙劣の歌は取りて載せず

韓衣裾に取り付き泣く子らを置きてぞ来ぬや母なしにし 国造小県郡他田舎人大島

ちはやふる神のみ坂に幣奉り斎ふ命は母父がため 主帳埴科郡神人部子忍男

大君の命畏み青雲のとのびく山を越よて来ぬかむ 小長谷部笠麻呂