和歌と俳句

大伴坂上郎女

風交り雪は降るとも実にならぬ我家の梅を花に散らすな

世の常に聞けば苦しき呼子鳥声なつかしき時にはなりぬ

心ぐきものにぞありける春霞たなびく時に恋の繁きは

今もかも大城の山にほととぎす鳴き響むらむ我れなけれども

何しかもここだく恋ふるほととぎす鳴く声聞けば恋こそまされ

ほととぎすいたくな鳴きそひとり居て寐の寝らえぬに聞けば苦しも

暇なみ来まさぬ君にほととぎす我れかく恋ふと行きて告げこそ

夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ

五月の花橘を君がため玉にこそ貫け散らまく惜しみ

咲く花もをそろはいとはしおくてなる長き心になほしかずけり

妹が目を始見の崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ

吉隠の猪養の山に伏す 鹿の妻呼ぶ声を聞くが羨しさ

しかとあらぬ五百代小田を刈り乱り田廬に居れば都し思ほゆ

こもりくの泊瀬の山は色づきぬしぐれの雨は降りにけらしも

あらたまの月立つまでに来まさねば夢にし見つつ思ひぞ我がせし

沫雪のこのころ継ぎてかく降らば梅の初花散りか過ぎなむ

松蔭の浅茅の上の白雪を消たずて置かむことはかもなき

酒坏に梅の花浮かべ思ふどち飲みての後は散りぬともよし

草枕旅行く君を幸くあれと斎瓮据ゑつ我が床の辺に

今のごとひしく君が思ほえばいかにかもせむするすべのなさ

旅に去にし君しも継ぎて夢に見ゆ我が片恋の繁けれなかも

道の中国つみ神は旅行きもし知らぬ君を恵みたまはな

常人の恋ふといふよりはあまりにて我れは死ぬべくなりにたらずや

片思ひを馬にふつまに負ほせ持て越辺に遣らば人かたはむかも

かくばかり恋しくあらばまそ鏡見ぬ日時なくあらましものを