和歌と俳句

大伴旅人

万葉集・巻第二・雑歌 酒を讃むる歌十三首

験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし

酒の名を聖と負せしいにしへの大き聖の言の宣しさ

いにしへの七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし

賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたる

言はむすべ為むすべ知らず極まりて貴きものは酒にしあるらし

なかなかに人あらずは酒壺になりにてしかも酒に染みなむ

あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をゆく見ば猿にかも似む

価なき宝といふとも一杯の濁れる酒にあにまさめやも

夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るにあにしかめやも

世間の遊びの道に楽しきは酔い泣きするにあるべかるらし

この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我らはなりなむ

生ける者遂ににも死ぬるものにあればこの世にある間は楽しくをあらな

黙居りて賢しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほしかずけり


沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも

我が岡に盛りに咲ける梅の花残れる雪をまがへつるかも

我がころも人にな着せそ網引きする難波荘士の手に触るとも

ここにありて筑紫やいづち白雲のたなびく山の方にしあるらし

草香江の入江にあさる葦鶴のあなたづたづし友なしにして

しましくも行きて見てしか神なびの淵はあせにて瀬にかなるらむ

さすすみの栗栖の小野の萩の花散らむ時にし行きて手向けむ

我が岡にさを鹿来鳴く初萩の花妻どひに来鳴くさを鹿

我が岡の秋萩の花風をいたみ散るべくなりぬ見む人もはも