和歌と俳句

大中臣能宣

後拾遺集
春の来る道のしるべはみ吉野の山にたなびくなりけり

後拾遺集
人知れず入りぬと思ひしかひもなく年も山路を越ゆるなりけり

後拾遺集
たづのすむ沢べの蘆の下根とけ汀萌えいづる春は来にけり

後拾遺集
山たかみ雪ふるすよりうぐひすのいづる初音は今日ぞ鳴くなる

後拾遺集
白雪のまだふるさとの春日野にいざうちはらひ若菜つみてん

後拾遺集
梅の花にほふあたりの夕暮はあやなく人にあやまたれつつ

後拾遺集
かりがねぞ今日帰るなる小山田の苗代水の引きもとめなん

後拾遺集
桜花にほふなごりにおほかたの春さへ惜しくおもほゆるかな

後拾遺集
桜花まだきな散りそ何により春をば人の惜しむとか知る

後拾遺集
藤の花さかりとなれば庭の面に思ひもかけぬ波ぞたちける

後拾遺集
ほととぎす鳴かずは鳴かずいかにして暮れゆく春をまたもくはへん

後拾遺集
卯の花の咲けるあたりは時ならぬ雪ふる里の垣根とぞ見る

後拾遺集
聞き捨てて君が来にけんほととぎすたづねに我は山地越えみん

後拾遺集
紅葉せばあかくなりなむ小倉山秋待つほどの名にこそありけれ

後拾遺集
秋萩の咲くにしもなど鹿の鳴くうつろふ花はおのが妻かも

後拾遺集
草の上におきてぞあかす秋の野の露ことならぬ我が身と思へば

後拾遺集
水の色に花の匂ひを今日そへてちとせの秋のためしとぞ見る

後拾遺集
かりに来ん人に折らるな菊の花うつろひはてむ末までも見む

後拾遺集
霜枯れの草のとざしはあだなれどなべての人を入るゝものかは

後拾遺集・羇旅
須磨の浦を今日すぎゆくと来し方へ返る波にやことをつてまし

後拾遺集・恋
まてといひし秋もなかばになりぬるを頼めかおきし露はいかにぞ

後拾遺集・恋
恋ひ恋ひて逢ふとも夢に見つる夜はいとゞ寝覚めぞわびしかりける

後拾遺集・恋
唐衣むすびし紐はさしながらたもとははやく朽ちにし物を

後拾遺集・恋
いづ方をわれながめましたまさかにゆき逢坂の関なかりせば

後拾遺集・雑歌
絶えにけるはつかなる音をくりかへし葛の緒こそ聞かまほしけれ

後拾遺集・雑歌
をじか伏す茂みにはへる葛の葉のうらさびしげに見ゆる山里