花の色の面影にたつ夏衣ころも覚えず春ぞこひしき
たちばなの花散る里に見る夢は打ち驚くも昔なりけり
ほととぎす外山をわたる一聲の名残をきけば峯の松風
山里の卯の花くたす五月雨に垣根を越ゆる山川の水
軒のあめ枕の露も今日はただ同じあやめの根をかくるかな
五月雨の雲間まちいでて眺むれば傾きにける夏の夜の月
池の上の菱の浮葉もわかぬまで一つにしげる庭の蓬生
夕立の名残の雲を吹く風にとはたの早苗すゑさわぐなり
憂きことも知らぬ蛍のおのれのみ燃ゆるおもひはみさをなりけり
秋ならで野邊のうづらの聲もなし誰にとはまし深草の里
志賀のあまの袖ふきかへす山おろしにまだき秋立つ鳰のみづうみ
夏ふかき入江のはちす咲きにけり波にうたひて過ぐる舟人
乱れ葦の露のたまゆら舟とめてほのみしまえに涼むころかな
ほかは夏あたりの水は秋にして内は冬なる氷室山かな
ほととぎすおのが皐月の暮れしより帰る雲路に聲うらむなり
今日までは色にいでじと篠すすき末葉に秋の露は置けども
秋風は猶したくさに木隠れて森のうつせみ聲ぞ涼しき
はやき瀬の帰らぬ水に禊して行く年なみの半ばをぞ知る