空さえし去年のけしきもうちとけて朝日ぞ春の初めなりける
ひさかたの雲井にみえし生駒山春は霞の麓なりけり
きのふけふ千里の空も一つにて軒端にくもる五月雨のやど
秋よまた夢路はよそになりにけり夜わたる月の影にまかせて
はるる夜の星の光にたぐひきて同じ空より置ける白露
かくてこそまことに秋はさびしけれ霧とぢてけり人の通ひ路
秋はなほ吹き過ぎにける風までも心の空にあまるものかは
天の川こほりをむすぶ岩波の砕けて散るは霰なりけり
長き夜の人の心にに置く霜の深さを鐘の驚かすなり
春の花秋の月にも残りける心のはては雪の夕暮
よしのやま雲しく峰にあと閉じて憂き世をきかぬ風の音かな
高砂の浦の松をも隔てきて友こそなけれ八重の潮風
白波の跡をばよそに思はせて漕ぎ離れ行く志賀のあけぼの
大井川あさげの烟はるばると下す筏の遠ざかり行く
ふりにける昆陽の池水みさびゐて葦間も月の影ぞともしき
踏みなれし伏見の小田の畦つたひ苗代水にとだえしにけり
あはれいかに旅行く袖のなりぬらむ木の下わくる宮城野の原
秋はみな千々にものおもふ頃ぞかし信太の杜の雫のみかは
わけ暮す木曽のかけはし絶え絶えに行く末ふかき峰の白雲
足柄の関路こえゆくしののめに一むらかすむ浮島が原