新勅撰集・春
春はみな同じ櫻となりはてて雲こそなけれみ吉野の山
梅が香をしのぶの露に留めても軒端の風はなほ憂かるべし
行く人のまづ立ちどまる柳かげ春の川風もと拂ふなり
行く末に我が袖の香や残るべき手づから植ゑし軒のたちばな
月清みしぐれぬ夜半の寝覚めにも窓うつものは庭の松風
楢の葉にそよや秋風そよぐなり忘られたりし人の辛さを
かたをかの正木のしたば色づきぬ山の奥には霰ふるころ
尋ね来む人しらぬまでなりぬべし軒端をしげる峰の杉むら
山寺の奥の通ひ路来てみれば峯のしきみは元つ葉もなし
色かへぬ白玉つばき老いにけり幾世の霜の置き重ねけむ
花の色をおのが鳴く音の匂ひにて風におちくる鶯のこゑ
ほととぎす心をそむる一聲は袂の露のの残るなりけり
秋の夜の月にまちいづる初雁のかすみて過ぐる春のふるさと
秋なればとはかりみまし我が宿の籬の野邊は鶉ふすまで
裾野には今こそすらし小鷹狩り山のしげみに雀かたよる
巣を恋ふる心よいかにつばくらめ帰る野中の秋の夕暮
風寒し友なし千鳥こよひなけ我もいそねに衣かたしく
鶚ゐるみぎはの風にゆられ来て鳰の浮巣は旅寝してけり
明けぬなり山田の澤に臥す鴫の羽音もよほす友のひとこゑ
あさなあさな雪のみ山に鳴く鳥の聲におどろく人のなきかな