筏よどむ 瀬々のいはまの 波の音に 幾夜なれたる 浮寝なるらむ
へだてゆく みやこの山の 白雲を いくへになると 誰にとはまし
草むすぶ のはらの露の 深きかな 誰があかしける よはの枕ぞ
綱手ひく たけの下みち 霧こめて 舟路にまよふ 淀の川岸
水あをき ふもとの入江 霧はれて 山路あきなる 雲のかけはし
しげりあふ 蔦も楓も 跡ぞなき うつの山辺は 道ほそくして
明け方に なるや白露 数そひぬ かりのいほりの あしのすだれに
ともなくて 草葉にやどる 秋の野に ほたるばかりや 夜半のともし火
ありあけの つきせざりける ながめかな いく浦つたひ 心すましつ
へだてゆく 雲と波とを いくへとも しらぬとまりの 夢の通ひ路
逢ふ人も なき夢路より ことづけて うつつかなしき うつの山越え
なれにけり ひとよやどかす 里のあまの けさのわかれも 袖しをれつつ
きのふけふ 野にも山にも むすびおく 草の枕や 露のふるさと
国かはる 境いくたび 越えすぎて おほくの民に おもなれぬらむ
波枕 ひとよばかりに なれそめて わかれもやらぬ 須磨の浦人
むかしきく あまのかはらに たづねきて 跡なき水を ながむばかりぞ
逢坂の 山越えはてて ながむれば 霞につづく 志賀の浦浪
はるかなる みかみのたけを めにかけて 幾瀬わたりぬ やすの川波
忘るなよ いまはの月を 形見にて 波にわかるる 沖のとも舟
ゆく舟の あとの白波 消えつきて 薄霧のこる 須磨のあけぼの
松島や 秋風さむき 磯寝かな あまのかる藻を ひしきものにて
橋姫の われをば待たぬ さむしろに よその旅寝の 袖の秋風
ふるさとを 命あらばと まつら潟 かへる日遠し ゆふなみの空
忘れじと 契りて出でし おもかげは 見ゆらむものを ふるさとの月
みやこ人 そのことづては とだえして 雲ふみつたふ 山のかけはし