ひきかへて四方のこずゑも霞むなり今日より春のあけぼのの空
朧なる空にあはれを重ぬれば霞も月の光なりけり
山里のそともの岡の程なきを遙かに見する朝霞かな
み吉野の奥に住むなる山人の春の衣は霞なりけり
藻鹽焼く浦のけぶりと見る程にやがてかすめる須磨のあけぼの
さればこそ宿の梅が枝春たちて思ひしことぞ人のまたるる
鶯の聲のにほひとなるものはおのがねぐらの梅の春風
我が宿は梅にゆづりて立ちいでむ花のあるじは人やとふとて
このごろは梅をばおのが匂ひにて通ひてしるき春のやまかぜ
軒ちかき梅のこずゑに風すぎて匂ひに覚むる春の夜の夢
春といへばいつしか北に帰る雁越路の冬をおくるなりけり
雨はれて風にしたがふ雲間より我もありとや帰る雁がね
ただいまぞ帰ると告げて行く雁を心におくる春のあけぼの
あさぼらけ人の涙も落ちぬべし時しも帰る雁がねの空
新古今集・春
忘るなよ頼むの澤をたつ雁も稲葉の風の秋のゆふぐれ
あしひきの山のしづくに立ち濡れぬ鹿まちあかす夏の夜すがら
ともしする端山しげやま里遠ほみ火ぐしも尽きぬ明けぬこのよは
ともししに出でぬるあとの賤の女は一人や今宵めをあはすらむ
後の世をこの世にみるぞあはれなる己が火ぐしを松につけても
秋の野に妻とふ鹿を聞かせばやともしするをばなさけなくとも