和歌と俳句

藤原良経

老若歌合五十首

今朝よりは都の山も霞みぬと櫻に告げよ春の初風

いにしへの子の日のみゆき跡しあればふりぬる松や君を待つらむ

冬枯れのこずゑに残るこぞの雪ことしの花の初めなりけり

霞より包みかねたる梅が枝の朧月夜に誰さそふらむ

葛城や高間の山の雲間より空にぞかすむ鶯のこゑ

明石潟かすみてかへる雁がねも嶋隠れゆく春のあけぼの

梓弓おしてはるさめ小山田に苗代水も今やひくらむ

いつまでか雲を雲とも眺めけむ櫻たなびくみ吉野の山

風吹けばおのが雲よりおのが雪を散らして見する山櫻かな

花の色は彌生の空にうつろひて月ぞつれなき有明の山

昨日まで霞みしものを津の国の難波あたりの夏のあけぼの

里人の卯の花かこふ山かげに月と雪との昔をぞとふ

ほととぎす鳴く夜はいはず鳴かぬ夜も眺めぞ明かす軒のたちばな

さつきやま雨に雨そふ夕風に雲より下を過ぐる白雲

なほざりに袖のあやめをかたしきて枕も夢も結ぶともなし

うかひぶね下すとなせの水馴れ棹さしも程なく明くる夜半かな

尋ね来てここには夏もあらしやま木隠れてこそ秋はありけれ

新古今集・夏
蛍とぶ野澤にしげる葦の根の夜な夜な下に通ふ秋風

ほととぎす鳴く音も稀になるままにややかげ涼し山の端の月

常夏の花にたまゐる夕暮れを知らでや鹿の秋を待つらむ