和歌と俳句

藤原良経

十題百首

山がつの裾野にはなつ春駒は拓きてけりな草のしたみち

たぐへ来る松の嵐や弛むらむ尾上にかへるさを鹿のこゑ

夜の雨のうちも寝られぬ奥山に心しらるる猿のみさけび

主しらぬ岡邊の里を来てとへば答へぬさきに犬ぞ咎むる

ふるさとの軒のひはたに草あれてあはれ狐の臥し処かな

あらくまの住みける谷を隣にて都に遠き柴の庵かな

みちのへに過ぎける牛のあとみれば心のつみは類ありけり

おどろかぬ臥す猪の床の眠かなさらでも夢に過ぐるこの世を

世の中に虎おほかみは何ならず人の口こそ猶まさりけれ

後の世に彌陀のりさうを被らずはあなあさましの月のねずみや

わかやどの春のはなぞの見るたびに飛び交ふ蝶の人馴れにけり

風ふけば池の浮草かたよれど下にかはづの音を絶えぬかな

夏の夜は枕をわたる蚊のこゑの僅かにだにもいこそ寝られね

おほかたの草葉の露に風すぎて蛍ばかりの影ぞ残れる

みなひとは蝉の羽ごろも脱ぎ捨てて秋は今なるひぐらしのこゑ

露そむる野邊の錦の色々をはたをるむしのしたりかほなる

ひとりゐて有明おもふ夕闇にまだまつむしのこゑもありけり

秋たけぬ衣手さむしきりぎりす今いくよかは床ちかきこゑ

軒端より籬の草にかたかけて風をかぎりのささがにの糸

ふるさとの板間にかかる蓑虫の漏りける雨を知らせかほなる