和歌と俳句

種田山頭火

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旅立つ今朝の、蝉に小便かけられた

笹に色紙は七夕の天の川

夕立晴れた草の中からおはぐろとんぼ

霧ふかく山奥は電線はつづく

山のまろさはがなき

近道の近道があるをみなへし

ここから下りとなる石仏

朝月のこる木槿が咲いてゐるながれ

氷屋ができて夾竹桃の赤や白や

近道のいちはやく山萩の花

水は岩からお盆のそうめん冷やしてある

見おくるかげは見えない松むし鈴むし

ま昼ふかうして鳴子鳴る

いなびかり別れて遠い人をおもふ

こうろぎこうろぎ風鈴が鳴る

一人となれば風鈴の鳴る

ちかく、あまりにちかくつくつくぼうし

がちやがちやがちやがちや生き残つてゐる

あすのあさの水くんでおくかなかな

昇る陽を吸うてゐる南無妙法蓮華経

秋がきた朝風の土に播いてゐる

めつきり秋めいた風が法衣のほころび

夕立が洗つていつた茄子をもぐ

夕立晴れたトマト畑に出て食べる

夕立晴るるや夕焼くる草の葉

青田おだやかな風が尾花のゆるるほど

秋暑く何を考へてゐる

まへもうしろもつくつくぼうしつくつくぼうし

こほろぎよあすの米だけはある

星がまたたく山こえて踊太鼓の澄んでくる

家を持たない秋がふかうなるばかり

濡れて涼しく晴れて涼しく山越える

いつもひとりでながめる糸瓜ながうなる

秋空へ屋根葺きあげてゆく

水くんであほぐや雲は秋のいろ

ゆふざればトマト畑でトマト味ふ

さびしうなつてトマトをもぐや澄んだ空

虫も食べる物がない本を食べたか

這うてきて虫がぢつと考へてゐる

みちは露草のつつましい夜明け

さかのぼる水底の秋となつてゐる

けふのおひるは草にすわつてトマトふたつ

昼寝のびやかだつたよ山とんぼ

昼顔も私も濡れて涼しうなつた

さいてそこからなんとうまい水

山寺のしづけさは青栗もおちたまま

おべんたうたべてゐるまうへつくつくぼうし

旅のつかれもほつかりと夕月

月が山の端に安宿のこうろぎ

旅も月夜の、おとなりのラヂオが泣いてゐる