和歌と俳句

若山牧水

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伏目して 君は海見る 夕闇の うす青の香に 髪のぬれずや

日は海に 落ちゆく君よ いかなれば 斯くは悲しき いざや祷らむ

白昼さびし 木の間に海の 光る見て 真白き君が 額のうれひよ

くちづけは 永かりしかな あめつちに かへり来てまた 黒髪を見る

夕ぐれの 海の愁ひの したたりに 浸されて瞳は 遠き沖見る

蒼ざめし 額にせまる わだつみの みどりの針に 似たる匂ひよ

柑子やや 夏に倦みぬる うすいろに 海は濁れり 夕疾風凪ぐ

海荒れて 大空の日は すさみたり 海女巌かげに 何の貝とる

春の海 さして船行く 山かげの 名もなき港 昼の鐘鳴る

朱の色の 大鳥あまた 浮いでよ いま晩春の 日は空に饐ゆ

山を見き 君よ添寝の 夢のうちに 寂しかりけり 見も知らぬ山

春の雲 しづかにゆけり わがこころ 静かに泣けり 何をおもふや

悲し悲し 何かかなしき そは知らず 人よ何笑む わがかたを見て

わが胸の 底の悲しみ 誰知らむ ただ高笑ひ 空なるを聞け

悲哀よ いでわれを刺せ 汝がままに われ刺しも得ば いで千々に刺せ

われ敢て 手もうごかさず 寂然と よこたはりゐむ 燃えよ悲しみ

かなしみは 濕れる炎 声もなう ぢぢと身を焼く やき果てはせで

雲見れば雲に 木見れば木に草に あな悲しみの 水の火は燃ゆ

ああ悲哀 せまれば胸は 地はそらは 一色に透く 何等影無し

泣きはてて また泣きも得ぬ 瞳の闇の 重さよ切に 火のみだれ喚ぶ