和歌と俳句

若山牧水

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掟てられて 人てふものの 為すべきを なしつつあるに 何のもだえぞ

馴れ馴れて いつはり来にし わが影を 美しみつつ 今日をつぐかな

あれ行くよ 何の悲しみ 何の悔ひ 犬にあるべき 尾をふりて行く

天の日に 向ひて立つに たへがたし いつはりにのみ 満ちみてる胸

もの見れば 焼かむとぞおもふ もの見れば 消なむとぞ思ふ 弱き性かな

天あふぎ 雲を見ぬ日は 胸ひろし しかはあれども 淋しからずや

ただ一路 風飄として そらを行く ちひさき雲ら むらがりてゆく

地のうへに 生けるものみな 死にはてよ われただ一人 日を仰ぎ見む

見てあれば 一葉先づ落ち また落ちぬ 何おもふとや 夕日の大樹

木の蔭や 悲しさに吹く 笛の音は さやるものなし 野にそらに行く

樹に倚りて 頬をよすれば ほのかにも 頬に脈うつ 秋木立かな

山はみな 頭を垂れぬ 落日の しじまのなかに 海簫をふく

ほうほうと 汽笛はさけぶ をちこちに ああ都会よ見よ 今日もまた暮れぬ

青の海 そのひびき断ち 一瞬の 沈黙を守れ 日の声聴かむ

人といふ ものあり海の 真蒼なる 底にくぐりて 魚をとりて食む

海の声 たえむとしては また起る 地に人は生れ また人を生む

西の国 ひがしの国の 帆柱は 港に入りぬ 黙然として

海の上の 老いし旅びと 帆柱は けふも海行く 西風冴えて吹く

静けさや 悲しきかぎり 思ひ倦じ 対へる山の 秋の日のいろ

秋の風 木立にすさぶ 木のなかの 家の灯かげに わが脈はうつ