和歌と俳句

若山牧水

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つとわれら 黙しぬ灯かげ 黒かみの みどりは匂ふ 風過ぎて行く

われらややに 頭をたれぬ 胸二つ 何をか思ふ 夜風遠く吹く

風消えぬ 吾もほほゑみぬ 小夜の風 聴きゐし君の ほほゑむを見て

つと過ぎぬ すぎて声なし 夜の風 いまか静かに 木の葉ちるらむ

風凪ぎぬ つかれて樹々の 凪ぎしづむ 夜を見よ少女 さびしからずや

風凪ぬ 松と落葉の 木の叢の なかなるわが家 いざ君よ寝む

山恋し その山すその 秋の樹の 樹の間を縫へる 青き水はた

青海の 底の寂しさ 去にし日の 古びし恋の 影恋ひわたる

街の声 うしろに和む われらいま 潮さす河の 春の夜を見る

春の海の 静けさ棲めり 君とわが とる掌のなかに 灯の街を行く

はらはらに みだれて 散り散れり 見ゐつつ何の おもひ湧かぬ日

鳴く 耳をたつれば みんなみに いなまた西に 雲白き昼

朝地震す 空はかすかに 嵐して 一山白き 山ざくらかな

雪暗う わが家つつみぬ 赤々の 炭火をなかに 君が髪見る

鳥は籠 君は柱に しめやかに 夕日を浴びぬ など啼かぬ鳥

煙たつ 野ずえの空へ 野樹いまだ 芽ふかぬ春の うるめるそらへ

春の夜や 誰ぞまた寝ぬ 厨なる 甕に水さす 音のしめやかに

仰ぎ見る 瞳しづけし 春更くる かの大ぞらの 胸さわぐさま

白昼哀し 海のみどりの ぬれ髪に まつはりゐつつ 匂ふ寂静よ

秋立ちぬ われを泣かせて 泣き死なす 石とつれなき 人恋しけれ