和歌と俳句

山桜

漱石
女らしき虚無僧見たり山桜

一葉
折々に 散るものどけし 春雨の はれたる軒の 山桜ばな

子規
言だまの さきはふ國の しるしとて 咲きやいでけん 山さくら花

子規
黒門に丸の跡あり山さくら

子規
醉ふて寐て夢に泣きけり山櫻

一葉
をしまれて 散るよしもがな 山桜 よしや盛は 長からずとも

子規
草臥てよし足引の山櫻

子規
門前に児待つ母や山櫻

漱石
足弱を馬に乗せたり山桜

晶子
山ざくら 四月の春の 天明に 嵯峨の橋見る わが七少女

晶子
仁和寺の 門跡観ます 花の日と 法師幕うつ 山ざくらかな

晶子
山ざくら やや永き日の ひねもすを 仏の帳の 箔すりにけり

晶子
春吹くは 聖天童の しろがねの 矢かぜに似たり 山ざくらちる

晶子
戸をくれば 厨の水に ありあけの うす月さしぬ 山ざくら花

晶子
山ざくら 愛宕まうでは から臼の 晋ならびたる 里の中ゆく

牧水
朝地震す 空はかすかに 嵐して 一山白き 山ざくらかな

牧水
春は来ぬ 老いにし父の 御ひとみに 白ううつらむ 山ざくら花

牧水
父母よ 神にも似たる こしかたに 思ひ出ありや 山ざくら花

牧水
山ざくら 花のつぼみの 花となる 間のいのちの 恋もせしかな

牧水
阿蘇の街道 大津の宿に 別れつる 役者の髪の 山ざくら花

牧水
水の音に 似て啼く鳥よ 山ざくら 松にまじれる 深山の昼を

牧水
なにとなき さびしさ覚え 山ざくら 花あるかげに 日を仰ぎ見る

牧水
行きつくせば 浪青やかに うねりゐぬ 山ざくらなど 咲きそめし町

牧水
山越えて 空わたりゆく 遠鳴の 風ある日なり 山ざくら花

晶子
六枚の 障子の破目 あちこちに 人の覗ける 山ざくら花

牧水
見わたせば 四方の山辺の 雲深み 甲斐は曇れり 山ざくら咲く