春の山 懸樋の水の とまりしを 昨夜の狐と にくみたまひぬ
遠つあふみ 大河ながるる 国なかば 菜の花さきぬ 富士をあなたに
軒ちかき 御座よ火の気と 月光の なかにいざよふ 夜の黒髪
松かげの 藤ちる雨に 山越えて 夏花使 野を馳すらむか
廻廊を 西へならびぬ 馭者たちの 三十人は 赤丹の頬して
きぬぎぬや 雪の傘する 舞ごろも うしろで見よと 橋こえてきぬ
高き家に 君とのぼれば 春の国 河遠白し 朝の鐘なる
長雨や 出水の国の 人なかば 集へる山に 法華経よみぬ
夕には ちるべき花と 見て過ぎぬ 親もたぬ子の 薄道心に
淡色の 牡丹今日ちる 時とせず 厄日と泣きぬ 病み僻む人
保津川の 水に沿ふなる 女松山 幹むらさきに 東明するも
萌野ゆき 紫野ゆく 行人に 霰ふるなり きさらぎの春
二十六 きのふを明日と よびかへむ 願ひはあれど 今日も琴ひく
髪香たき 錦に爪を つつませて おふしたてられ 君にとつぎぬ
わが宿の 春はあけぼの 紫の 糸のやうなる をちかたの川
ゆるしたまへ 二人を恋ふと 君泣くや 聖母にあらぬ おのれの前に
春いにて 夏きにけりと 手ふるれば 玉はしるなり 二十五の絃
すぐれて恋ひ すぐれて君を うとまむと もとより人の 云ひしならねど
ふるさとの 潮の遠音の わが胸に ひびくをおぼゆ 初夏の雲
天とぶに やぶれて何の 羽かある 夢みであれな 病める隼