和歌と俳句

與謝野晶子

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ゆく春や 葛西の男 鋏刀して 躑躅を切りぬ 居丈ばかりに

おん舟に 居こぞる人の 袴より 赤き紅葉の 島さいて来ぬ

燭さして 赤良小船の 九つに 散り葉のもみぢ 積みこそ参れ

大赤城 北上つ毛の 中空に 聳やぐ肩を 秋のかぜ吹く

春雨の 山しづけさよ 重なりて 小牛まろぶも 寝てあれと思ふ

秋の人 銀杏ちるやと 岡に来て 逢ひにける子と 別れて帰る

うつら病む 春くれがたや わが母は 薬に琴を 弾けよと云へど

やはらかに ぬる夜ねぬ夜を 雨しらず 鶯まぜて そぼふる三日

夕顔や こよと祈りし みくるまを たそがれに見る 夢ごこちかな

薬草の 芽をふく伯父の 草庵に 琴ひく人を 訪へと思ふ日

ふたたびは 寝釈迦に似たる みかたちを 釘する箱に 見む日さへ無き

牡丹うゑ 君まつ家と 金字して 門にかきたる 昼の夢かな

冬の日の 疾風するにも 似て赤き さみだれ晴の 海の夕雲

春の水 船に十たりの さくらびと 皷うつなり 月のぼる時

夜によきは 炉にうつぶせる かたちぞと うきおん人の ものさだめかな

君が妻 いとまたまはば 京に往なむ 袂かへして 舞はむと思へば

ほととぎす 海に月てり しろがねの ちひさき波に 手洗ひをれば

夕ぐれの 玉の小櫛の ほそき歯に 秋のこゑ立て おちにける髪

水引の 赤三尺の 花ひきて やらじと云ひし 朝露の路

冬川は 千鳥ぞ来啼く 三本木 べにゆうぜんの 夜着ほす椽に