和歌と俳句

與謝野晶子

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

悪名の 果あり今日ある 因縁の 君を見し日は 遠世となりぬ

来世とや すててこし日の 母の泣く 夢を見る子の 何をののかむ

みづからは 隙なく君を 恋ふる間に 老いてし髪と 誇りも爲すべき

すそ梳けば 髪あざやかに 琴緒しぬ 絃の手知らば 弾きに来よ風

人怨じて 我ぞよりたる 小柱に 鬢香のこらむ 其下に寝よ

冬はきぬ 室に夢見む 春夏秋 ひつじとまじる 草の寝ごころ

いとかすけく 曳くは誰が子の 羅の裾ぞ 杜鵑まつなる うすくらがりに

七つより 袈裟かけならひ 弓矢もて 遊ばぬ人も 軍に死にぬ

籠はてなば 蛍とまりぬ 香木の はしらにひとつ 蓮にひとつ

六月の 氷まゐりぬ 深宮の 白の珊瑚の みまくらもとに

世の君の 御手えて今は 死なむぞと 昼夜感じ 三とせの余へぬ

春のかぜ 加茂川こえて うたたねの 簾のなかに 山吹き入れよ

五六人 をなごばかりの はらからの 馬車してかへる 山ざくら花

森ゆけば 靄のしづくに 花さきし すみれ摘むとぞ 名をのる子かな

紅蟹を さはな怖れじそね かくれたる 前髪みゆれ 砂山船に

磯松の 幹のあひだに 大海の いさり船見ゆ 下総の浦

絽の蚊帳の 波の色する 透きかげに 松千もとみる 有明の月

月の夜の 廊に船くる 海の家 すだれにかけぬ 花藻のふさを

春くれては 花にとぼしき 家ながら 恋しき人を 見ぬ日しもなき

十余人 椽にならびぬ 春の月 八阪の塔の 廂離ると