しんしんと頭痛めり、悲しき幻影、輝ける市街の 停車場の見ゆ
しんしんと頭痛めり、悲しき幻影、下の関の海峡に 高き窓つくる
鰯のみ 食ひつつ幾日 すぎにけむ 栴檀の葉の 日々散る家に
寸ばかり ちひさき絵にも 似て見ゆれ おもひつめたる 秋の東京
数寄屋橋より有楽座見る ものごしに こころをなして おもふ秋の市街
一りんの 冬の薔薇の うすくれなゐ なつかしきものに 手にもとるかな
冬の薔薇 われを憎める 姉の娘が 折りてあたへし くれなゐ薔薇
わが園の 山梔子の実の 日ごと黄くなりまさりゆき 雪も降らず居り
くちなしの ちひさく黄なる実を ふたつにさけば 悲しき匂ひ 冬の陽に出づ
とある旅館の 窓の硝子に うつりゐし 秋の港の 朱の帆黄なる帆
そそくさと 夕陽にうかみ 小止みなく 働く庭の 母を見じとす
母にも姉にも 対座をいとふ 臆病の われのこころの 澄みたるかなや
飲むなと叱り 叱りながらに 母がつぐ うす暗き部屋の 夜の酒のいろ
姉はみな 母に似たりき われひとり 父に似たるも なにかいたまし
くちぎたなく 父を罵る 今夜の姉も われゆゑにかと こころ怯ゆる
あはれみの こころし湧ける ときならむ しみじみものいふ 母の悲しも
母をおもへば わが家は 玉のごとく冷たし 父をおもへば 山のごとく温かし
くづ折れて すがらむとすれど 母のこころ 悲哀み澄みて 寄るべくもなし
こころより 母を讃ふる ときのあり そのときのわれの いかにかなしき
うちつけに ものいふことも 恐れ居る その児をなほし 憎みたまふや