和歌と俳句

若山牧水

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なみ高し、雨後の春日を はらみたる 綿雲のかげに みさご啼くなり

春のうみ 魚のごとくに 舟をやる うらわかき舟子は 唄もうたはず

わびしき浜かな、貝がらのくづ 砂のくづ いざやひろはむ、海も晴るるに

太陽かがやき 引しほの海は 羽あをき 一羽の蝶と なりてうごかず

一湾の 海の蒼みの 深みゆき わが顔に来て 苦痛とぞなる

あら砂の すさめるこころ 蒼白み 海にむかひて うちうめくかな

日光の かげのごとくに ちらちらと 海鳥あまた むれとべるかな

春の木は 水気ゆたかに 鉈切れの よしといふなり 春の木を伐る

峰高み 海見をすれば 春がすみ をどめるをちに 青く見ゆかに

万葉集、いにしへびとの かなしみに 身も染まりつつ 読む万葉集

人麿の 歌をしみじみ 読めるとき 汗となり春の日は背をながるる

この国に 雪も降らねば わがこころ 乾きにかわき 春に入るなり

鶺鴒が 雲雀の声に よく似ると こころに云ひて あふぐ春の日

ほろほろと つちのくづれて 蟇の啼く、きりぎしの春の つちのわれめに

なにはあれ 第一の峰に のぼらむと かすめる山の 背を歩み居り

朝の囲炉裡 猫もとりわけ あまゆるを あやしてあれば 啼けるうぐひす

けふの雨ふる、蛙よろこび しよぼしよぼに 濡れて桜も 咲きいでにけり

春雨に みかさまさりて 谷ぞこを 石のながるる ねざめてぞ聞く

春の日の ぬくみかなしも、ひたすらに 浅瀬にたちて 鮎つり居れば

瀬の鮎子 わが痩脛も きよらかに 寒みいたみて 春はゆくなり

鳥うちの かへさは夜と なりにけり 山ざくらさへ うちかざしたる

不眠症の ラムプのかげの わが夜明、瓦たたきて 雨ふりしきる

夜の蝶の この濃ねずみの なつかしや、このいろなせる 帽子かぶらむ

いだ釣ると 春の川瀬に つどひたる ふるさとびとら 黒き衣着る

海いろに うちかげり居り かづら取るとてわがひとり入る 尾鈴の山は

春の日や 老いしかづらの あをあをと 葉をつけて居り 青かづら引く

いとながく 青きかづらを われの引く 身うちのちから こめてわが引く

かづら生ふるは 山の北かげ 春の日の にほひもさむき 山の北かげ

青かづら 篭にみちみちぬ いまはとて かへらむとすれば 山も暮れにき