和歌と俳句

釈迢空

前のページ<< >>次のページ

鹿児島

島山のうへに ひろがる笠雲あり。日の後の空は、底あかりして

ゑまひのにほひ なほいわけなき子を見まく 筑紫には来つ。心たゆむな

憎みつつ来し汝がうなじに 骨いでて 痩せたる後姿見むと思へや

うなだれて、汝はあゆめり 渚の道。憎しと思ふ心にあらず

憎みがたき心はさびし。島山の高ゥげろふ時を経につつ

汝が心そむけるを知る。山路ゆき いきどほろしくして、もの言ひがたし

叱りつつ もの言ふ夜は牀のうちに、こたへせぬ子を あやぶみにけり

庭草に、やみてはふりつぐつゆの雨 心怒りのたゆみ来にけり

わが黙す心を知れり。燈のしたに ひたうつむきて、身じろかぬ汝は

虔ましきしじまに 対ふ汝がうなじに、一つゐる蚊を、わが知りて居り

ころび声 まさしきものか。わが声なり。怒らじとする心は おどろく

燈のしたに、怖ぢかしこまる汝が肩を 痩せたりと思ひ、心さびしも

からくして 面を起す 汝の頬 白くかわきて 胸はりがたし

一言を言ひ疏くとせぬ汝の顔 まさに瞻りつつ あやぶみにけり

言に出でて言はばゆゆしみ、搏動る胸を堪へつつ 常の言いへり

待ちがたく 心はさだまる。庭冷えて 露くだる夜となりにけるかも

さ夜深く 風吹き起れり。待ち明す 心ともあらず。大路のうへに

額のうへに くらくそよげる城山の 梢をみれば、夜はさかりなり

篠垣の夜深きそよぎ 道側に、立ちまどろめる心倦みつつ

はるけき 辻ゆ来向ふ車の燈 音なきはしりを瞻る夜はふけぬ

をちこちの家に、ま遠に うつ時計。大路も夜の くだつを知れり

夜なか迄 家には来ずて、わが目避く汝があるきを 思ひ苦しも

前のページ<< >>次のページ