和歌と俳句

釈迢空

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大正四年以前

おほとしの日

除夜の鐘つきをさめたり。静かなる世間にひとり 我が怒る声

大正の五年の朝となり行けど、膝もくづさず 子たをののしる

墓石の根府川石に水そそぐ。師走の日かげ たけにけるかも

どこの子のあぐらむ凧ぞ。大みそか むなしき空の ただ中に鳴る

机一つ 本箱ひとつ わが憑む これの世のくまと、目つぶりて居り

左千夫翁三周忌

牛の乳のにほひつきたる著る物を、胸毛あらはに 坐し人あはれ

あぢきなき死にをせしかと、片おひのうなゐを哭きし その父もなし

裏だなを 背戸ゆ見とほし 夏の日の照りしづまりに けどほき墓原

あわただしく 世はありければ、たまたまも 忘れむとする墓をとぶらふ

菟道

わが腹の、白くまどかにたわめるも、思ひすつべき若さにあらず

如月の雪の かそけきわがはぎや。白き光りに 目をこらしつつ

順礼は鉦うちすぎぬ。さびしかる世すぎも、ものによるところある

なむあみだ すずろにいひてさしぐみぬ。見まはす木立ち もの音のなき

ざぶざぶと、をりをり水は岸をうつ。ひとりさびしく 麦踏みてゐむ

白じろと ただむき出し畝をうつ 畠の男 あち向きて 久し

日の光り そびらにあびて寒く行く百姓をとこ。ものがたりせむ

たなぞこに 燦然としてうづたかき。これ わが金と あからめもせず

道を行くかひなたゆさも こころよし。この わが金の もちおもりはも

目ふたげば、くわうくわうとして照り来る。紫摩黄金の金貨の光り

たなそこのにほひは、人に告げざらむ。金貨も 汗をかきにけるかな