わたつみの海にいでたる富津の崎 日ねもす まほに霞むしづけさ
そのむくろ覓むと わがいはば、わたなかの八尋さひもち こたへなむかも
うろくづのうきゐる浪になづさひて ありとし君を 人のいがずやも
家のため博士になれと いひおこす親ある身こそ さびしかりけれ
道のうへ 小高き岡に男ゐて、なにかもの言ふ。霙ふるゆふべ
野は 昼さへしづまりに、雑木山 あらはに 赤き肌見せてゐる
藪原のくらきに入りて、おのづから まなこさやかに みひらきにけり
心 ふと ものにたゆたひ、耳こらす。椿の下の暗き水おと
霙ふる雑木のなかに、鍬うてる いとど 女夫の唄の かそけき
常磐木のみどりたゆたに、わたつみの太秦寺の昼の しづけさ
二人あることもおぼえず。しんとして いさごのうへに 鵄一羽ゐる
おそろしき しじまなりきな。梢より、はたと 一葉は おちてけるかな
ほれぼれと人にむかへば、昼遠し。寺井のくるま 草ふかく鳴る
まさびしくこもらふ命 草ふかき鐘の音しづみ、行きふりにけり
馬おひて 那須野の闇にあひし子よ。かの子は、家に還らずあらむ
わがねむる部屋をかこめる 高山の霜をおもひて、燈を消しにけり
神のごと 山は晴れたり。夜もすがら おもひたはれし心ながらに
にはとりの踏みちらしたる芋の莖 泣きつつとるか。山の処女ら
朝日照る山のさびしさ。向つ峰に斧うつをとこ。こちむきてゐよ
かくしつつ、いつまでくだち行く身ぞや。那須野のうねり 遠薄あり