和歌と俳句

釈迢空

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春の日は にはかに寒し。乾きたる地びたに並ぶ 乞食の御器

乞食の築きくづしたる 竈穴は、ひと方に向きて 露に並ぶ

山川のあはれなることは、水の瀬の浅きに浮きて 虫の生れぬ

藁塚のうへに きたなく居る鴉━━。黒ぐろと 濡れてかたまりにけり

木叢ふかく 鶯の鳴く時過ぎて、山の乞食か 歌のさびしき

家群すら荒れて 住むなり。かたゐ等は ささ鳴く鳥も とりて喰うふらし

かたゐ等の家は くさむら。荒れあれて、こぞ居しあとは、すでに移れり

楚原 うれかげろへる春の日に、風けぶり来る 冬土の荒れ

はろばろと 屋敷林の梢高き冬木けぶれり。春のあらしに

日の光り しみらに乾く村里に、響くものあれど、音としもなき

あきらめて 起きむとすなり。吹きつぎて四日と言ふ朝も つのりゐる風

とほどほしく 人はのどかになるものか。ゆき住みて げに 久しかりけり

牛部屋と よごるる姥の住みどころは、見ることもなく 年過ぎにけり

みふゆつき 春も卯月のけどほさは、陸奥山に 咲きこぞる花

国の秀の高きに 聞けば、ほのかなり。暁ふかき みどり児の声

年ふかきことを思へり。くりやべに 乳母の立ち坐の、今日はひびかず

とほ国に 八十ぢ越えたる父待ちて 思ふと言へり。家の姥すら

松山の冬枝の荒れに 空透きて、睦月に近きなごみを おぼゆ

朝の日のさし入る 庭の土あれて、萩の古枝の こぞのままなる

遠つびと、我に告げ来ることのはも みじかかりけり。年のはじめに

ものこほしく 出でて来にけり。道のべに たばね捨てたる 門松の枝

この国の人の心の たのみなくなりしを思ふ。年の廃れぬる