雨霽れて 村はひそけきあしたなり。山々の眠り 深みゆくらむ
峡の村 早く宿りて、風呂たたぬゆふべを かたく坐り居にけり
太ぶとと 梁仰がれて 居間寒し。国ところ訊く人に、書かせ居り
夜を徹めて 響くこだまか。木曽の谿深く宿りて、覚めて居るなり
冬あたたかく 日ねもす汽車に乗り来たり、ひねもす 人とことばをまじへず
はるかなるかなや。三年となりにけり。汝が病むをすら 思ひ見がたし
やみぬれば、筑紫びとはも 言ふことのおだしかりけり。人をいからず
よむ歌も みな心にかなひ行く やみてこの頃 かそかなるらし
送られ来て、かしも くぬぎも ひたしづむゆふべとなりぬ。別れなむとす
山里の薄花桜 はつはつに咲く時見れば、あはれなりけり
ひたぶるに黙居る顔の あはれなれば、告げぐることなく 別れか行かむ
から松の冬枝立ち繁む曇り空━━。今宵の雪を言ひて 後なる
ながらふる雪吹きとほす 風の峠。四方にひびきて 雪の音のみ
山茱臾の鬱金 しとどに雪とけて、にぎにぎはしき里に来にけり
春深き信濃の寺に、思へども━━、かそけかりけり。父母のうへ
淡雪に、廻廊も 土も ひた濡るる昼を見にけり。信濃のみ寺に
いつくしみ深かりけりと 言はめやも。かく おのづから 恋しき父母
わが心 あやまち多くならむとす。この盛時過ぎて、父母思ほゆ
父母も 今はおはさず。とほどほし 我が族びと 殖えにけらしも
仏をら 思ひみがたくなりしよに、父母を思ひ おもひさびしき
信濃路にかひなきものは、白樺の太木につたふ━━淡雪のすぢ
信濃べの春 たけゆきて、山の草 野のくさびらも 煮るべくなりぬ