和歌と俳句

正岡子規

91 92 93 94 95 96 97 98

おくつきに そなへし花の 古花を 集めて焼けば 煙立つ

春花の 色に匂へる 吾妹子は 空の煙と 立ち上りけり

もみぢ葉の 過ぎにし人を 火にはふる 月夜さやけみ 煙は惑ふ

ガラス戸ノ 外ニ据ヱタル 鳥籠ノ ブリキノ屋根ニ 月映ル見ユ

ガラス戸ノ 外ハ月アカシ 森ノ上ニ 白雲長ク タナビケル見ユ

紙ヲモテ ラムプオホヘバ ガラス戸ノ 外ノ月夜ノ アキラケク見ユ

夜ノ床ニ 寐ナガラ見ユル ガラス戸ノ 外アキラカニ 月フケワタル

小庇ニ カクレテ月ノ 見エザルヲ 一目ヲ見ント ヰザレド見エズ

照ル月ノ 位置カハリケム 鳥籠ノ 屋根ニ映リシ 影ナクナリヌ

浅キ夜ノ 月影清ミ 森ヲナス 杉ノ梢ノ 高キ低キ見ユ

ホトヽギス 鳴クニ音アゲ ガラス戸ノ 外面ヲ見レバ ヨキ月夜ナリ

月照ス 上野ノ森ヲ 見ツヽアレバ 家ユルガシテ 汽車行キ返ル

ぬば玉の 黒毛の駒の 太腹に 雪解の波の さかまき来る

飛ぶ鳥の 先を争ふ ものゝふの 鎧の袖に 波ほとばしる

宇治川の 早瀬よこぎる いけじきの 馬の立髪 浪こえにけり

橘の 小島が埼の かなたより いかけ引きかけ 武者二騎来る

ものゝふの かためきびしき 宇治川の 水嵩まさりて 橋なかりけり

先がけの いさを立てずば 生きてあらじと 誓へる心 馬も知りけん