大君の行幸のまにま我妹子が手枕まかず月ぞ経にける
御食つ国志摩の海人ならしま熊野の小舟に乗りて沖辺漕ぐ見ゆ
田跡川の滝を清みかいにしへゆ宮仕へけむ多芸の野の上に
関なくは帰りにだにもうち行きて妹が手枕まきて寝ましを
み冬継ぎ春は来れど梅の花君にしあらねば招く人もなし
梅の花み山おしみにありともやかくのみ君は見れど飽かにせむ
春雨に萌えし柳か梅の花ともに後れぬ常の物かも
梅の花いつは折らじといとはねど咲きの盛りは惜しきものなり
遊ぶ内の楽しき庭に梅柳折りかざしてば思ひなみかも
御園生の百木の梅の散る花し天に飛び上がり雪と降りけむ
あしひきの山辺に居ればほととぎす木の間立ち潜き鳴かぬ日はなし
ほととぎす何の心ぞ橘の玉貫く月し来鳴き響むる
ほととぎす楝の枝に行きて居ば花は散らむな玉と見るまで
春霞たなびく山のへなれれば妹に逢はずて月ぞ経にける
今造る久邇の都に秋の夜の長きにひとり寝るが苦しさ
あしひきの山辺に居りて秋風の日に異に吹けば妹をしぞ思ふ
一重山へなれるものを月夜よみ門に出で立ち妹か待つらむ
都道を遠みか妹がこのころはうけひて夢に見え来ぬ
今知らす久邇の都に妹に逢はず久しくなりぬ行きて早見な
ひさかたの雨の降る日をただひとり山辺に居ればいぶせくありけり
人目多み逢はなくのみぞ心さへ妹を忘れて我が思はなくに
偽りも似つきてぞすりうつくしもまこと我妹子我れに恋ひめや
夢にだに見えむと我れはほどけども相し思はばうべ見えずあらむ
言とはぬ木すらあぢさる諸弟らが練りのむらとにあざむかえけり
百千たび恋ふと言ふとも諸弟らが練りのことばは我れは頼まじ
鶉鳴く古りにし里ゆ思へども何ぞも妹に逢ふよしもなき