尾崎放哉
秋山広い道に出る
口あけぬ蜆死んでゐる
せきをしてもひとり
墓地からもどつて来ても一人
恋心四十にして穂芒
なんと丸い月が出たよ窓
ゆうべ底がぬけた柄杓で朝
自分が通つただけの冬ざれの石橋
麦まいてしまひ風吹く日ばかり
今朝の霜濃し先生として行く
となりにも雨の葱畑
くるりと剃つてしまつた寒ン空
夜なべが始まる河音
雨萩に降りて流れ
師走の木魚たたいて居る
松かさそつくり火になつた
風吹きくたびれて居る青草
嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる
寒ン空シヤツポがほしいな
蜜柑たべてよい火にあたつて居る
とつぷり暮れて足を洗つて居る
昼の鶏なく漁師の家ばかり
海凪げる日の大河を入れる
山火事の北国の大空
墓のうらに廻る
あすは元日が来る仏とわたくし
夕空見てから夜食の箸とる
窓あけた笑ひ顔だ
おそくなつて月夜となつた庵
小さい島に住み島の雪
名残の夕陽ある淋しさ山よ
故郷の冬空にもどつて来た
雨の中泥手を洗ふ
山畑麦が青くなる一本松
窓まで這つて来た顔出して青草
渚白い足出し
貧乏して植木鉢並べて居る
霜とけ鳥光る
あついめしがたけた野茶屋
森に近づき雪のある森
肉がやせて来る太い骨である
一つの湯呑を置いてむせてゐる
やせたからだを窓に置き船の汽笛
すつかり病人になつて柳の糸が吹かれる
春の山のうしろから烟が出だした