和歌と俳句

石川桂郎

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昭和十三年
朝焼の軌条聚れり陸橋下
朝焼の汀艇庫より草刈られ
南風の艇庫の裏にシャワー覗く
厨夫帽仰向きに窓の日覆巻く
激雷に剃りて女の頸つめたし
秋は部屋の四隅明るく醒めて飢ゆ
鵙くると人の永病む窓ひらかれ
秋真昼ねむたく居れば軍歌きこゆ
ガソリンカー跳ねはね枯れし並木去る

昭和十四年
凍鶴に人を待ちつつ弱くなる
寒木の根もとにて菓子の出る機械
春の虹坂は自転車の上で歌ふ
花の雨みごもりし人の眉剃る
戦場便重しその夜の朧なる
征くとまた告げ去りし畳蟻がゐる
別れ途や片虹さらに薄れゆく
蠅取機の捩子巻いてより妻の黙
避暑にたつ人の髪刈り了へし煙草
応召の髪成り笑ひ汗拭へり
汗疹児の頭を刈る怒り哀しけれ
秋風の公休ひと日また昏れたり
やはらかき陽をまぶたにす颱風過
照りかげり路地くる顔に朝の鵙
藁着たる木々に話せば声高き
スキー服黒き処女は吾に従く
樹氷林睫毛しぱしぱと日を仰ぐ
理髪師に夜寒の椅子が空いてゐる
短日や嫁ぎゆく顔かくれ剃る
枯草に軍馬の汗を掻き落す

昭和十五年
春昼の風呂ぞ父子の肌触れしめ
木々四囲に黄ばみ黙せり軍馬祭
破障子児が覗き妻が茶をよこす

昭和十六年
墜ちし蛾のあをあを明くる看護かな
紫陽花や冷えゆく吾子の髪撫づる
かなかなに履く足袋ほそき思ひかな
よその子の歩める霧に立ちどまる
吾子が香の湯の香かすめぬ秋風裡
土塊の日当るみつつ風邪ごこち

昭和十七年
道のべやふたりしづかに山の蝶
蛞蝓銭の袂をふりながら
柚の花に噎せて別れし後影
引く馬に仔馬は駈けて青あらし

昭和十八年
籠居や三日のうちに思ふ貌
紅梅も昏るる長居や膝固く
坂に住む五十年母や紀元節
春愁や襤褸の嵩をうべなひつ
東京の大方の花了りけり
義士際の曇天の花重たしや
髪刈るや来始めて黒き燕
吾子の忌や梅雨の一ト月永かりし
蝸牛の四五寸妻に歌ありて
水無月や烏ばかりの嗽
雨ぐせのはやにんどうに旅二日
露涼し自在鉤影なす青畳
湖心打つて烏の声やねぶの花
蝸牛やくるぶし冷ゆるの風
函館は松に雨降る霊迎
七月のセル着せられて踊り見に
水呑みに立つ朝顔の一つ花
秋風や酒欲しき五時過しつつ
師の方へ途は折れつつ昼の虫
三たび茶を戴く菊や灯さずに
まばら立つ夜店の中の胡桃売
師のもとへ横面はしる萩の枝
鳴き枯れてがちやがちや止むや寝待月
向日葵の焦げて了りし初嵐
ねむたさの躯かしぐや通草棚
池中や石も吹かるる萩芙蓉
行秋や三田に延命地獄堂
父の忌の朝より母の懐炉灰
甘藷粥や父の忌日の膳低く
枯枝の一ト葉もなくて日暮れゐる
時雨るるや幾曲りして笹の門
立枯れて芙蓉も鳴るや虎落笛
凩やまた空耳の母を前
木の香けふ松に荒れしや十二月