和歌と俳句

能村登四郎

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色わかき南瓜這ひをり単線路
何に追はれ単線路跳ぶ羽抜鶏
異国旗の下異国めく合歓咲けり
射撃なき日の昼顔の昼の夢
砲音にをののき耐へし昼顔
昼顔の他攀じづるものなし有刺柵
しづかなる怒りの海よ砂も灼く
炎ゆる日も怒り黝める日本海
ありありと戦車幾台日覆かけ
ねむられぬ合歓の瞼も基地化以後
基地化後の嬰児か汗に泣きのけぞり
基地の子として生れ全身汗疣なり
有刺柵炎日の蝶越えゆけり
基地に老い日焼酒焼胸くぼむ
柵ぬちに汗の黄裸の俘虜めける
合歓咲くや墓石は村の後知らず
敗れしごと戻る西日の鉄板路

詩青年寡黙櫓を押す水あふひ
乗り捨てし舟青蘆が抱きをり

汗ばみて加賀強情の血ありけり
父の地の夕焼燕みな燃えよ
朝涼の音きざむなり菓子作り
夏痩せて加賀宝生をまもりけり
葛桶三つあるばかり爽なり
鏡の間秋の旅人としてうつる

夕焼の終る江に沿ふ輪島線
恍惚と鴉吸はるゝ夕焼雲
明易し開きて寝ねし胸板に
明易く覚め祖父のふところか
能登瓦ばかりなりけり朝焼けて
早稲の穂の息づきふかし日本海
日本海青田千枚の裾あらふ
巌楯に胡麻咲かせ能登珠洲郡
ひぐらしの流離の声の巌ばしら
胡麻咲かせ流人めくなり岬人
炎日の流木挽けりふぐり揺り
夕焼や濡れ緊りたる海士の褌
泳ぎ子憩ふ荒巌に臀食入らせ
岬人の刈り負ふ草に山羊蹤けり

御墓辺に晩夏の潮音声なさず
遠弟子に空蝉ひとつ天ふらす
空蝉に跼みても御墓ひくかりき
ひた寄せて遠引く潮も晩夏なる
蜩も水ちかく啼けり気多の海
たぶ大樹晩夏蔭なす門たてり
百合遺墨気多の海の歌匂ふなり
倶利伽羅杉倒しし斧か裸に負ひ
毒消売よろめきよろめき来て坐る

日本海押し迫る駅水打てり
駅員の一卓の百合海へ向き
灼くる海に一肘たふす転轍機
夏潮の末黄濁す鉱業所
灼くる正午索道宙にいこひをり
咲ける子不知に来て子を恋ふも
はだか山灼くるを更に削ぎやまず
石灰ふれりたるゝ崖の真上より
葛滴り歪みリヤカーよく働く
円匙鶴嘴泉辺の葛無慙なり
なだれくる真葛を堰けり雪崩止
索道音のみ日本海灼けて黙す
常願寺川夏涸れはてし銹ながす
炎天に身を跼めきる砂利負女
妻へおくる旅の優言夜ひぐらし
叱られて子ら寝る頃よ旅蚊帳
玉虫を入るゝ旅果の財布痩せ
ひそと降りる真夜の湯壺に羽蟻浮く
朝涼や飼はれて山の赤毛栗鼠
登山電車工夫らと乗りうらやすし
露の終駅更に奥へと工夫たち

旅果の胸裂くごとし百合花粉
沢桔梗はらばひ旅の顔浸す
穂芒に目覚めあからむ祖母峠
かくれゆく旅のごとしやの渓
渓の湯にながれ身も流るゝなり
いつか逢はむ夏炉の素湯を汲み別れ
海見ざる子を前にわが旅日焼
すこし伸びしと子の露の髪指はさむ
やはらかく吾子投ぐ秋夜の衾の上