和歌と俳句

平畑静塔

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万緑の更けて茂吉と夢に走り

見習の稚さ初夏のメス洗ふ

雑巾の乾く月夜の麦の秋

麦刈の腰を祝福する他なし

薔薇の葉のひたすら暗し一つの花

桐の花妻を天理に籠らせて

火となり鉄門を洩れ出でし

ゴルゴダの曇りの如し栗の花

善をなし帰る盛夏の切通し

葭切がかぼそき電話線つかむ

早乙女の遠き欠伸の口黒し

長雨がノアの日の如孤児に降る

滝冷やか生きて濁りてゆく眼には

泉鳴る修道院は眠るによし

を聖母の木靴まさに踏む

筍を囲む聖母と腰曲げて

あぢさゐのこの世の隅に追放され

ジープより赤き薔薇落つ跳ねとびぬ

詩の友の他に友なし蛍火立つ

夕焼けるときこんこんと医師の恩

向日葵の光輝にまみれ世に出です

金銭の往診なすや熱砂踏み

良医ならず金銀の蠅拝み打つ

口重き看守の田なり誘蛾燈

飛行音そのまま紫蘇の血をしぼる