万緑の更けて茂吉と夢に走り
見習の稚さ初夏のメス洗ふ
雑巾の乾く月夜の麦の秋
麦刈の腰を祝福する他なし
薔薇の葉のひたすら暗し一つの花
桐の花妻を天理に籠らせて
蛍火となり鉄門を洩れ出でし
ゴルゴダの曇りの如し栗の花
善をなし帰る盛夏の切通し
葭切がかぼそき電話線つかむ
早乙女の遠き欠伸の口黒し
長雨がノアの日の如孤児に降る
滝冷やか生きて濁りてゆく眼には
泉鳴る修道院は眠るによし
筍を聖母の木靴まさに踏む
筍を囲む聖母と腰曲げて
あぢさゐのこの世の隅に追放され
ジープより赤き薔薇落つ跳ねとびぬ
詩の友の他に友なし蛍火立つ
夕焼けるときこんこんと医師の恩
向日葵の光輝にまみれ世に出です
金銭の往診なすや熱砂踏み
良医ならず金銀の蠅拝み打つ
口重き看守の田なり誘蛾燈
飛行音そのまま紫蘇の血をしぼる