和歌と俳句

中村汀女

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芽ぐみ来し木木と思ほゆ夜道かな

病院の静かに混める花曇

肩にある落花の色は濃かりけり

輝きし落花花間にまぎれたり

黒板に遅日の文字の消し残し

卒業を祝ふ一人を忘れゐし

惜春や聞けば見し花いぬふぐり

濱の砂まだ冷たけれ櫻貝

離りきて松美しや櫻貝

落葉松焚いて炊ぎて春の月

さきほどの違へし道も春の月

うち交る草も見覚え土筆

いつしかや手のあたたかく春の雪

荘番の客と見上げて春の雲

東風の波舳走りて艫沈み

水温む筧も松も砂を出で

下萌や石は大地に根を沈め

俥屋のすぐうなづきて東風の道

焼く土手の上にぬぎたる布子かな

春泥につづき煌く星もあり

掘割に思ひ思ひに春の水

春水や乱るる葦にわかちなく

春火鉢手相讀ませし手をかざす

夜櫻の道を教へて行かせつつ