中村汀女
夕空に此頃燃やす菜種殻
水際まで土手の刈麥辷りけり
跌けば襲ふ麥の香や蛍追ふ
更くる闇に 蛍生臭し湖の風
井守手を可愛くつきし土の色
提灯に顔をそむけて氷水
朝曇しめやかにかくるはたきかな
床下に湧く水暗き生洲かな
雨さやか蚊帳正しく我に垂る
夜の蝉の起ししかろきしじまかな
打水や抱え出て襷しめなほし
出水後の蘆色もどる泳ぎかな
起重機の見えて暮しぬ釣荵
街の上にマスト見えゐる薄暑かな
さみだれや船がおくるる電話など
濡れそぼつさみだれ傘をひろげ出づ
あひふれしさみだれ傘の重かりし
朝曇港日あたるひとところ
晩涼や運河の波のややあらく
このときのわが家しんと蝉高音
翡翠が掠めし水のみだれのみ
裸なる伊豆の昼寝路もどりけり