和歌と俳句

中村汀女

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

沈丁や夜を行きたりし薬とり

沈丁花あちこちにあり夕まぐれ

噴水や東風の強さにたちなほり

遅日遠の方にも汽車が居り

花散るやひそかにそだつ雪の下

花曇り昨日の船の今日は無き

花の雨濡れて鴉のかけりけり

枯蓮の折るるは折れて春の水

泣いてゆく向ふに母や春の風

たんぽぽや日はいつまでも大空に

囀りをやめて居る間の枝渡り

あたたかき昼餉やすみや蝌蚪の水

かなたまで蝌蚪のおどろき及びけり

白木蓮の花今日ひらく苞の落つ

白木蓮の散るべく風にさかれへる

家ごとの縁側仕事遅日かな

故里にことづてものや暮の春

行春や別れし船のなほ沖に

行春や波止場草なる黄たんぽぽ

春惜しむ水にをさなき浮葉かな

洗ふ流れのなかが暖かし

摘みし籠のかたちを忘れたる

麦踏の遠目のうちに未だあり

母の頬にはるけく動く山火かな

草萌ゆるほとり灯入りぬアーク燈