酒の香の 恋しき日なり 常磐樹に 秋のひかりを うち眺めつつ
おもひやる 番の御寺の 寺々に 鐘冴えゆかむ このごろの秋
秋の灯や 壁にかかれる 古帽子 袴のさまも 身にしむ夜なり
野分すぎ 労れし空の 静けさに 心凪ぎゐぬ 別れし日ごろ
秋の夜や こよひは君の 薄化粧 さびしきほどに 静かなるかな
君去にて ものの小本の ちらばれる うへにしづけき 秋の灯よ
いと遠き 笛を聴くがに うなだれて 秋の灯のまへ ものをこそおもへ
秋の雲 柿と榛との 樹々の間に うかべるを見て 人も語らず
秋晴や 空にはたえず 遠白き 雲の生れて 風ある日なり
月の夜や 裸形の女 そらに舞ひ 地に影せぬ 静けさおもふ
秋の雨 木々にふりゐぬ 身じまひの わろき寝ざめの はづかしきかな
秋あさし 海ゆく雲の 夕照りに 背戸の竹の葉 うす明りする
君が背戸や 暗よりいでて ほの白み 月のなかなる花 月見草
白桔梗 君とあゆみし 初秋の 林の雲の 静けきに似て
思ひ出れば 秋咲く木々の 花に似て こころ香りぬ 別れ来し日や
秋風は 木の間に流る 一しきり 桔梗色して やがて暮るる雲
別れ来て 船にのぼれば 旅人の ひとりとなりぬ 初秋の海
啼きもせぬ 白羽のと鳥よ 河口は 赤う濁りて 時雨晴れし日
日向の国 むら立つ山の ひと山に 住む母恋し 秋晴の日や
うつろなる 秋のあめつち 白日の うつろの光 ひたあふれつつ