和歌と俳句

若山牧水

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わが廿八歳の さびしき五月 終るころ よべもこよひも 崎は地震する

岬なる ふるき港の ついたちの 朝の赤飯 宿屋の娘

水無月の 崎のみなとの 午前九時 赤き切手を 買ふよ旅びと

切りすてて 海に投げ入れよ 入日さす 岬のはなに 古き墓地あり

売ると 月夜の海の 魚の如 人こそさわげ 崎の月夜に

魚釣れる 岬のひとの あの唄は 魚の言葉ならむ 魚の唄ならむ

ひかり無き 楕円の月の 海に出づる 午前一時の われのあをさよ

ひき汐を 悲しむ青き やどかりの あしの小きざみ 真蒼き太陽

誰となき うらめしき肌 刺すごとく うす青き蟹を 追ひめぐるかな

まづしくて 蚊帳なき家に みつふたつ のなき出でぬ、添ひ臥をする

かんがへて 飲みはじめたる 一合の 二合の酒の 夏のゆふぐれ

朝さすや 買うてかへさに しほれたる 夏草の花を 一りんざしへ

忘れ居し 一りんざしの 夏花に しんみりとする 午後のひとりよ

指先に 拭けばなみだに ほんのりと 汗もまじりて 夏はわびしき

夏の日の 芝居の笛の かなしさよ はやく夜となれ 曇り日となれ

友はみな 兄の如くも 思はれて 甘えまほしき 六月となる

水無月や 木木のみづ葉も くもり日も あをやかにして 友の恋しき