秋、飛沫、岬の尖り あざやかに わが身刺せかし、旅をしぞ思ふ
まだ踏まぬ 国国恋し、白浪の 岬に秋の 更けてゆくらむ
秋かぜの 紀伊の熊野に わけ入らむ、鳥羽の港に 碇をあげむ
法隆寺の まへの梨畑、梨の実を ぬすみしわかき 旅人なりき
大和の国 耳なし山の 片かげの 彼の寺の扉を たたかばや此の手
茶の花を 摘めばちひさき 黒蟻の 蕋にひそめり、しみじみ見て棄つ
膝に組む 指にいのちを ゆだねおきて 眼をこそ瞑づれ 秋の夜汽車に
あをあをと 海のかたへに うねる浪、岬の森を わが独り過ぐ
わがめぐり 濡れし砂より 這ひ出づる 蟹あまたあり、海に日沈む
行くにあらず 帰るにあらぬ 旅人の 頬に港の 浪蒼く映ゆ
冬の日の 砂丘の蔭に 砂を掘る、さびしき記憶 あらはるるままに
たまたまに 朝早く起き 湯など浴び 独り坐りて むく林檎かな
林檎林檎 さびしき人の すむ部屋に やるせなげにも 置かれし林檎
冬の陽の あたる片頬に ひそやかに さしそへてみぬ この紅き実を
はらはらと 降り来てやみぬ 薄暗き 窓辺の樫の 葉に残る雪
はらはらに 雪はみだれつ うす黒き 樫の葉は揺れ 我が窓暗し
その枝折り この枝を折り、一葉無き 冬がれの森に 独りあそべり