和歌と俳句

若山牧水

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音に澄みて 時計の針の うごくなり 窓をつつめる 秋のみどり葉

夕かけて 照りもいだせる 秋の日に さそはれて家を 出でにけるかな

秋の葉の 日に光るかな ひそひそと 急ぐははやも 散りしきりつつ

かなしきは 日の光なり 秋の樹に しとどに青葉 散りしきりつつ

すずかけは 落葉してあり 吹くとしも なき秋風の あさの路傍に

食はむとて しばしおきたる うす青の 林檎に蜂の とまりゐにけり

秋の夜 栗の話の なかにして ふとふるさとの 母おもふかな

母ひとり 拾ふともなく 栗ひろふ かの裏山の 秋ふかみけむ

養樹園 をさなき木木の もみぢして うちつらなりて 散りてゐるなり

いつしかに 夏はすぎけり きりぎしの 赤土原に 蟻の這ひをり

いつしかに 夏はすぎけり ただひとり 野中の線路 われの横ぎる

きれぎれに 市街の上に 雲散れり つめたきかなや 夏のおとろへ

脚ひとり ちからをおぼえ かぎりなく 歩まむとする 晩夏の野や

わびしさや 何をうらみつ なに悔ゆる おそ夏の雲の ちぎれる夕ぞら

眼ひらけば 紙の障子が あかあかと 夕日に染みて 風もきこゆる

秋風の ゆふべのそらに ひともとの けやきの梢 吹かれて立てり

夜の雨に ぬれゆく秋の 街並木 ぬれつつわれも 歩みてをりき

絶望といひ 終焉といひ 秋の日の ダリアの如き 言葉のかずかな