和歌と俳句

若山牧水

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電灯は 卵つぶせし 臭気して 船室に赤く ともりゐにけり

夜風寒み 豚のいばりを 煮るごとき 船室にこもり 伊豆に渡るなり

ことことと 機関ひびき つたひくる 秋風の海の 甲板の椅子かな

蛙なす ちひさき汽船 あき風の 相模の海に うかびゐにけれ

伊豆の海や 入江入江の 浪のいろ 濁り黄ばみて 秋の風吹く

屍に 鳥よる如く 夕ぐれの 伊豆の岬に 白き浪立つ

伊豆が崎 岩礁多き 秋風の 海はとろとろ うづまき流る

友が守る 灯台はあはれ わだ中の 蟹めく岩に 白く立ち居り

切りたてる 赤岩崖の いただきに 友は望遠鏡を 振りてゐにけり

友がよぶ 赤き断崖 見あげつつ 舟をつけむと 浪とあらそふ

岩赤き その島にしも 近づけば 浪はいよいよ 荒れて狂へり

むらだてる 赤き岩岩 飛びこえて 走せ寄る友に 先づ胸せまる

砕け立つ 浪のすきまに 沙魚のごと 真赤き岩に とびうつりけり

別れゐし ながき時間も 見ゆるごと さびしく友の 顔に見入りぬ

たづさへし 我がおくりもの 秋の園の ダリアの束は まだ枯れずあり

ダリアの花に つぎつつ舟子等 とりいだす 重きは友よ 酒ぞこぼすな

石づくり 角なる部屋に ただひとつ 窓あり友と 妻とすまへる

その窓に わがたづさへし 花を活け 客をよろこぶ 若きその妻

石室の ちひさき窓に あまり濃く 昼のあを空 うつりたるかな

石室の しづけかればか もの馴れぬ ところなればか 泪し下る