和歌と俳句

若山牧水

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梅の花 紙屑めきて 枝に見ゆ われのこころの このごろに似て

うろたへて 見張りしひとみ そのままに 二月もいつか 終りけるかな

きさらぎや 起きいでて縁に 立つ朝の つかれにさびし 白梅の花

庭の土 白けわたりて 草萌えず 一もとの梅 咲けるわびしも

なにごとぞ 今朝の霞と いひすてて 庭にいづれば 白梅咲けり

手にとりて しみじみ見れば 鴨の羽根 みどりむらさき いたましきかな

さらさらと 清水ながれて 畔のかげ 芹は萌えたり 摘まばや芹を

白梅の 老木のかげの くつきりと 動かぬ芝に たんぽぽ咲けり

枯草の かげにまろびて 煙草など 吸へばよろしき わが姿かも

ゆきずりに 日日見て通る 椎の樹の 梢あからみ 春は来にけり

木木の芽の 芽ぐみつのぐみ 白梅の 花はいよいよ 褪せはてにけり

春はやく 匂ひ出でたる 白花の 辛夷の枝の 垂りのよろしも

落葉木の 木の間たわたわに 枝たれて ひともと咲ける 白花辛夷

しらじらと 咲きしづもれる 白花の 辛夷に春の 日はさし照れり

うつらうつら 歩み更かせる 春の夜の 小暗き濠に おつる水音

江戸川の 水かさまさりて 春雨の けふも煙れり 岸の桜に

朝戸出や 垣根の椎の したゆけば 葉がくれもるる うぐひすのこゑ

顔の汗 ぬぐひながらに 九段坂 桜ながめて のぼるひとりか

九段坂 息づきのぼり ながめたる 桜の花は いまさかりなり