中村憲吉

寝てきけば背戸川とほる芹摘人の草履のおとは水浅みかも

日向にて咲かせて入れし白うめは蕊のみ目立ち散りすぎにけり

春山のしもとの芽立ちいちじるみやや隠ろへる丹のつつじ愛しも

物がなしく病の床に活けてある山躑躅ばな照りあかりたり

川原べの石の間より萌えいづる小ぐさの芽にも声あれなとおもふ

ひたぶるに喉にさはる粟めしの強き茶漬も我がうまからむ

我がやまひ癒えなむ日らは瀬戸の海のさかなを食ひに魚島へゆかな

この朝けはじめて含む粥汁の歯にかかりたる飯のうれしさ

つぐみ鳥山を出入りて啼くこゑす鋤田はすでに水引けるらむ

我がまなこ衰へにけり若葉せる山にむかひて唯おぼろなる

春さればとほき海より吹き来とふ潮風ぐもり山はかすみたり

浅みどり眼に山川はおぼろなれど其処にすがしき水おときこゆ

み冬より病みたる我も今日の朝の藤なみ花を見ればうれしも

うら山にひとごゑひさし我がために山百合を掘りに行きて居るらむ

たまたまに障子をあけて吹き通す畳のかぜの夏めきにけり

しづかなる若葉を見ればおほけなくしみじみ我のよくぞ生きたる

日のくれの山かげふかき川瀬よりいちはやき夏の河鹿鳴きたり

山かひの秋ふかきに驚きぬ田すでに刈りて乏しき川音

かへり住む我が家はひろしはや架けし炬燵によれば祖母思ほゆ

落葉はやき庭をさみしめり昨日まで住みし都の青き樹を思ふ

我がいへの帳簿にのれる人びとの負債はおほし村のまづしさ

春のあめ潮ののぼる河岸ごとにこの街の柳みな芽をひらく

江戸川のみづ落ちぐちのみかほりにつばめの来舞ふ春さりにけり

山かひの鋤田にいでて飛ぶつばめ旅を来つる君は春におどろく

春と云へど峡間はさむし夜をいとひ厚き衾に人を寝ねしむ

和歌と俳句

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