中村憲吉

屋根の雪凍みつつすでに軒の樋にしづく落さず夕さむみかも

雪ふかく積りし朝は山かひの川上の瀬に音のしづけさ

雪ふかき川しも見れば岸の上の竹むらしろく川に垂れたり

落ちつきて物をば書かむ雪のあさ母屋のかたに音静みかも

うづだかき街のゆきかも昼しづむ向うの家より時計鳴りつも

深ぶかと雪夜あかりの田のなかは水車にみづのただ被るおと

足もとの凍つく夕べとなりぬれば山した川の音のかそけさ

年の立つあかとき起きの星のかげ堅きゆきをふみて心ととのふ

天つちの永世にむかふ年ををしみ現し身われは顔を洗ふも

わが父ははや起きたまひ朝暗き倉を出入りて鏡餅飾りをり

西の国の大き戦争なほやまず今日の天つちに年あらたまる

向か山の夕かげの雪に靄だちて降りゐる雨の春めきて見ゆ

うつつなき病の夢に見えくるはみな忘れたる吾がをさなごと

真夜なかを裏の鋤田に鳴くかはづ今宵はじめて聞きのかなしさ

春寒き夜の背戸田に鳴くかはづ冬をとほして死なざりしかも

春なかば山に残りし雪をとり我のつむりは冷されてあり

梅の木の畑に雪のふかくありし昨日と思へど久しからしも

うつつなき病床にありて白うめを見るよろこびのかすかに動く

覚むとなく時に気のつく我がまはりうはごとをいま言ひやしたらむ

天井より黄の熱の降りてくる如く我がまぼろしの昼も苦しさ

世の春にはやく種をおろす菜の花や病みこもりたる我のかなしさ

洋盃なる菜種のはなに挿しそへし小すみれ草に心ときめきぬ

鋤きかへす裏田の土にこぼれ咲く菜たねかあらむかはづの鳴くも

看護びと昼寝しづめりこの部屋にさくら活花しきりに散りぬ

今日にしてはじめて聞ける人のこゑ崖したの川に芹摘みてとほる

和歌と俳句

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