林泉のうちは廣くしづけし翡翠が水ぎはの石に下りて啼けども
御書院の南にひくき芝庭は日向になりて紅葉の樹むら
いとまなき我はきたりて伊賀の野の十日の月に照らされてをり
みちのべの枯桑畑は靄へどもなほ如月のさむき月かげ
夜の目にも峡の家あひ梅おほし匂のこもる月かげの靄
戸のあおく待つ間もさむき軒の月ひかり照りそふ白梅のはな
月ケ瀬の旅籠屋に著きしおもひふかし土間の手桶にしら梅の枝
更くるまで雨戸をあけて月にむかふ旅のやどりの軒のしら梅
朝の池に靄立つひさし松原のうぐひすの声は啼きてととのふ
アララギの安居会につどふ五十人大人の忌日に香焚きまつる
しづかなる深山を行けば都会に生きてつかれたる我をおぼえ来
山にいりて世ははるかなり渓川やあを葉にひびく駒鳥のこゑ
蝉のこゑ鳴かなくなるに気のつけば渓ふかまりて風の冷たさ
ゆふだちの雲をひろげて雷おこれ頭のうへの有明の山
うつしみは雨に暮るらむ山のうへの燕の小舎へはやくつかなむ
雨さむく雲ちかき嶺に来つらむか友は摘みしめす高山のはな
雨にぬれ雲にぬれたる岳のうへの石楠花畑に鴉飛びたる
雲はやくつばめが岳を吹くみれば山もみ空も翔るかと見ゆ
雨ぐものゆゆしく吹ける燕岳現れつかくれつ迫るがごとし
立ちをしむ石楠花畑の目のまへに雲間ゆ現れし岳の恐さ
山のうへに手にとるごとき星かげや北斗星かたむく白馬岳あたり
あかときに月いでければ眼のまへに影ひくくなれり餓鬼有明の山
小舎を出て偃松谷に雷鳥のあそべる影をわれは見とめし
天の門に今朝見おろせば國ひろし越飛騨信濃甲斐の山なみ
み空なる大天井岳をくだりきて瀬の音こほしも梓川原に