穂高岳河にのぞみて雲吐けり雷のごとくに空に巖しき
雲吐ける巌山みれば穂高見の神のおもての恐きろかも
久びさに信濃をとほり思ひふかし富士見へ下りてひとり遊ぶも
みんなみは空をさへぎる山のなし雲とほく垂れし富士見廣原
み空より雲居くだりて秋ぐさの花野にわたる風のくまなさ
秋かぜの廣野になびく八千草や昼鳴く蟲のこゑの幽けさ
此処にしてひとり寂しも道にゆるる大虎杖は手に折らずかも
むらさきの松蟲草の花のゆれに心をひかれ居しに驚く
高雄山にわが来てさむき片しぐれ唐傘買ひて紅葉のしたを
高雄寺の峯のうらべは谷ひろし八十山のはて愛宕にむかふ
高雄寺の目したはふかき谷となり清瀧川のあるがうれしき
谷にのぞみ楓葉の燃ゆる地蔵院西はゆふ日を遮る山なし
入りつ日はつひに染めつつ一めんに谷の紅葉に燃え付きにけり
紅葉せる谷へ墜ちつつ鳥のごとし土器投に興じて遊ぶ
丘のうへの石水院に谷川のおとの聞ゆるこの夕べかも
夕づきて川べにたかき栂の尾寺黄葉の谷に靄かかりたる
山河はむかしながらに閑かなれ聖おはせし丘のうへの寺
こころさへ夕べはむなし栂の尾の黄葉の谷に牛の鳴くこゑ
人はみな去ねよとゆふべ鐘鳴りて黄葉のたにに煙ののぼる
おんひじりを時のみかどの帰依したまひ日出先照の山におく寺
栂の尾を高尾へかへる日の暮れは清瀧川の音のさやけさ
いにしへの聖はうべも山かはのかく静けきを求めて住みにし
日のくれに戻りてくらば高雄谷ひとすでに去りて谷しづかなる
今日のあめに濡れし紅葉を焚くならむ日ぐれの谷に煙匂ふも
我れひとり寂しくのこり夕谷の紅葉の茶屋に柿を食ひ居る