淡あはしく暮れゆく空をひとすぢに淡路へかかる阿波山の雲
磯かげに乾せる若布のにほひにも旅の情は思ひ染むもの
砂濱が岩磯となれば波あらし潮が揉むなる磯海苔の香や
竹島の雨にを濡れて宿らししをさな帝のみ舟をぞ思ふ
日は西に没る海あれどこの君の御舟の泊てむ陸はあらざりき
竹島の敦盛塚に石ひろふ我が頭上にて五位鷺の啼く
君がために古つはものの熊谷が世をなぐさまぬ人となりにき
羽叩きて島山にかへる五位鷺はめぐりの海に餌かあさりけむ
丑三つはものの音さへふけて行く福良の湾の二十一夜月
ひとの寝てしづけき浦と出てあるく宿屋の裏の磯のうへの月
月も出よむかし平家の落ちびとの浪まくらあと福良の湾に
よるべなき平家の舟を居らしめし四國に向きてこもりたる海
寝ねがたき福良の夜半に月見れば平家こもりし湾しづかなり
入江にて月のひかりが波に曳きちかくに黒し洲崎松原
福良には月影ふけしうしろ山いにしへさびて夜あらし出ぬ
淡路は川のともしき國なれや旅をわが来ていまだ渡らぬ
島山は四方に低けれ淡路びと躑躅折り持ちみちに出遇ひ来
旅にあれば春耕せる畑木にも心ひかるる頬白のこゑ
松原にほかにも村のあらめども眼のとどかざる飼飯の松ばら
夏山のふるき大寺にこもらひて一百餘人の歌安居あはれ
あかときの四時に鐘して起きいづる山寺のそらや星ちかくあり
僧堂も何処に隠ると知りがたく一山にわたる大きしづけさ
おほ杉のかげ映えてふかし講堂に懺法のこゑしづかにそろふ
焚く香のけむりなびけど目のあたり人かへるべき世にあらなくに